2021/09/12

お茶の喜び、笛

最近、まどかは私とお茶するのを楽しんでいる。
私が珈琲豆を挽くと、
「お、珈琲だな」
と近寄ってくる。
そして
「一緒に淹れようではないか」と。

どんな刺激にも楽しんで反応する。
珈琲豆を砕くミルの振動が
好きなのである。

深煎りの豆だったら、
根気さえ続けば彼にも全て挽けるかもしれない。
しかし最近よく飲むのは中深煎りで、いくらか硬いので、
大半、私が挽いて、子供には手を添えさせるのみ。
それでも子供は充分、
自分が豆を挽いている気になっている。

同じことは食器洗いでも言える。
食器洗いをしていると
自分もやりたい、と寄ってくる。
椅子の上に立たせ、
私はその後ろに立ち、
食器洗いを「一緒に」する。
見様見真似で、彼は
ちょこちょこっと食器を撫でる。

「一緒に」それをする、
ということが、どうやら尊いのだ。

豆を挽き終えると、注水である。
珈琲セットを一式床に置き、
私とまどかは相対して座る。

お湯を注ぐと、
泡立つ珈琲豆を見て子供は喜び、
30秒の蒸らしの後
ぽたりぽたりと落ちる茶色の液体を見ては
「来た来た」と、覗き込む。

随分前だが仏壇の蝋燭の火に触れて
熱いのは経験済み。
その時は水膨れで済んだけれど、
「熱いのは痛いものだ」と
その一回でちゃんと学んだ。

だから珈琲ポットにせよ、
フラスコにせよ、
「熱いよ」と言えば
彼は決して手を出さない。
火を遠ざけるよりむしろ近付けることで
しっかり注意深い子供に育っている。

さて、珈琲は入ったが、
この状況で一人で飲むのもどんなものだろうか。
「まどかは豆乳にする?」
と訊くと
「うんうん」と頷く。

こうして私たちの珈琲タイムが始まったのである。

私が珈琲を飲み、そしてまどかが豆乳を飲む。
まどかは食べるにしても飲むにしても
「食べさせて/飲まさせてもらう」のが好きなので、
どうしても飲むのは交替になる。

その内に、
どうやらカップはソーサーの上に置くものだ、
ということを彼は見て取った。
それで私が珈琲を飲むと、
ソーサーをわざわざ手に取って差し出してくる。

その様、ソーサーが自律式に
カップを追いかけて来るかのようである。

ちょっとテンポが速くて落ち着かないけれど、
こうして一服を共に楽しんでいる。

これで思い出すのは
浦沢直樹の『PLUTO』という漫画で
はるかな未来社会でロボットが言う。

「ロボットは人間と同じような生活をすることで
より人間らしい感覚をアップグレードさせる…
確かにその通りですけど、
お茶を飲む喜びまではなかなか分かりませんよね」

人間とロボットの決定的に超えられない溝を
悲しくも簡潔に述べた素晴らしい場面である。

一方、李白の詩では

両人 対酌して 山花開く
一盃(いっぱい)一盃また一盃

咲く花は椿だろうか。
ここではごく自然と、
向かい合っては飲み続ける楽しみが謳われている。

人はなぜこの一服を楽しむだろうか?
その答えをここで考察することは控えるけれど
こうして子供の心に1歳10か月にして
その「喜び」が早くも芽生え始めているのである。



それにしても子供の興味関心の移り変わりは早く、
飽きたらもう見向きもしない。
先日述べた『夢を訪ねて』室内ツアーは
終了した。
この間までは何かにつけて車に乗りたがったが、
今では時によっては車に乗りたくないことすらある。
もっと前にはエアコンや照明や天井扇が
稼働していることにひたすら固執していた。
今はそんなことは全然ない。

最近は、私がパソコンの写真フォルダーを
見せてしまったことがきっかけで、
とにかく画像を見たがった。

あまり良い楽しみではないのだけれど、
まあテレビやネット閲覧とは訳が違うし、
すぐにまた飽きるだろうから
ひとまず良しとした。

その内に、彼は一つの動画に目を留めた。
それは私と、親しいお客にして友人である方が
フルートとチェロで合奏している短い動画である。

彼はいたくフルートが気に入って、
目を見開いて鑑賞していた。
そして「すごいね、これ。ね」と言うかのように
私を振り返っては
頬に小さな手を当てて笛を吹く真似をする。
真似しながら楽しげに体をくねくねさせている。
そして動画が終わると
人差し指を立てて「もう一回」。

誇張無しに、50回は観たのではないだろうか。

私が小説に書いた
自分の分身である人物は笛を吹く。
私自身は横笛を吹いたことがないのだけれど、
心の中には横笛がいつもあったのである。

それがこうして具現化するとは…
と不思議な思いで、子供を見ていた。

まあ、すぐに笛にも飽きると思うのだけれど。

ちなみにもう見て知っているからか、
チェロには全然無関心であった。

早く大きくなってもらって、
一緒に音楽など楽しみたいものである。

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