2021/02/22

散歩日記~詩吟に出会う

おはようございます。
おじじです。

今日は、日記。



昨日、妻のご実家の近くを
妻と子供と3人で散歩していた。

畑に続く道端に一人の老婆が座っていた。
軽く会釈して通り過ぎると、
後ろから何か歌うような声が聞こえてくる。

風の中でその老婆の声はとても気持ち良かった。

少し戻り、なお聞き入り、
一区切りついた所で話しかけてみた。

「とても素敵でしたが
今のは何というものでしょうか」

「詩吟です」

これが詩吟だったのか。
直に聞くのは初めてのこと。

伺うと、
詩吟とは古来よりの日本の詩歌・漢文を
抑揚を付けて歌うということ。

自然と万葉集の話などになり、
話に花が咲いた。

よく知っているなあ…
という表情でその老婆の目も輝いている。

「音楽がお好きなんですか」とお尋ねになる。
「音楽も好きですが、それより音が好きです。
鳥の声とか風の音とか、良い音は何でもです」

だからこそこの詩吟の声に惹かれたのである。

それはいわゆる「音楽」ではなく、
もっと若い時の自分なら価値を見出せなかったもの。
いかにも日本っぽくて、わびしくて、
精彩に欠け、時代遅れにしか聞こえない。

過去の自分にとって、
音楽と言えば
西洋発祥のもの、
起承転結のはっきりしているもの、
色々な楽器が同時になるもの。

しかし今では、この老婆の歌う、
風の中にすぐに消えてなくなるような声に
無窮の情緒的表現を感じた。

こういう抑揚によってのみ表すことのできる心情を
日本人は抱えてきたのだ。
今もその自覚がないだけで、ずっとそうなのだと感じた。

正直、将来でも詩吟をやってみたくなってきた。

妻の胸で眠る子供を見て、沢山褒めてくれた。
その時、山上憶良の和歌を引用しようとされた。
私も、その和歌のことは知っていたけれど、
その場では二人とも思い出すことが出来ず、
「内容的にはこんな感じの」
と言って話が通じたのは素敵だった。

ちなみにその歌は

銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も なにせむに
まされる宝 子にしかめやも

子は何物にも勝れる宝である、という大意。

とても勘の良い方だった。
「音楽、なさるんですか?」とお尋ねになる。
そこから自然と答える内に、
「聴きたいわあ」と。

「私、神経過敏で、優しい音を探しているんです」
「じゃ、10分待っていて下さい。いま、CDを持ってきます」

丁度、その前日に、妻に渡すために
現在録音中(進捗80%)の作品集をCDに焼いて
持参していたのだった。

家に向かって帰る途中、妻と話した。

「ああいう歌がこの国からなくなってほしくない。
いや、あの歌に美を見出す感性が
この国からなくなってほしくないものだ」

CDを取り、戻る。

すると老婆はもう帰り支度をしていて
丁重にお礼を述べつつ、
「これ、お子さんのお祝いに」
と紙に包んで渡して下さった。

出来ればもう少し話したかったし、
連絡先でも伺えればと思ったのだが、
あいにくどちらも書くものを持っていない。

「ここに座ってよく歌われるんですか?」
と尋ねたけれど
「いえ、今日が初めてです」
と言う。
また来ることはないです、という意を含んでいた。

「私はだいたいあの辺に住む何々です」
「私はだいたいあの辺に住む何々です」
とお互い言い合って別れた。

珍しいお名前だったので
その後役所にでも行って調べてみようかと思ったけれど、
考え直した。

今の時代、出会っていくらか話せば
「インスタとかやってますか」
となり、連絡先を交換し合う。

「繋がる」ことに、こだわっているのかもしれない。
それがいつしか出会いの目的になってしまっていたりして。

でもこの老婆はやはりその世代の方らしい感性で、
祝いであろうと良かれであろうと、
お金を渡すということは慎むべきことで、
渡したらそれきりすぐに去る、
というのが自然の心得だったのだろう。

この潔さはどこまでも日本人的なものなのだ。

「あのおばあさんはおじじに現れた天使だったよ」
と妻が言った。
そのように思う。
時々そういう人が人生に現れるけれど、
いつも心の支えや導くとなるような言葉を残してくれる。

しかし、いや待て。
そう考えると、自分もまたあの老婆にとって
天の使いだったのかもしれないなと思った。

名も知らぬ通行人が渡した音楽を聴いて
あの感性の方なら、あとで途轍もなく驚かれることと思う。

自分の心にぴったり合う音楽が
こんな形でやって来るなんて、と。

そこは、会話の時の印象から確信できること。

しかし、次に出会うすべがない。

こういうのを

一期一会

というのではあるまいか。

出会ったらすぐに連絡先を交換し合うということを
当たり前のように思ってきたけれど、
もしかしたらそれはとても粘着質で

こうして出会って、別れて、
自分では確認しようもない背後やどこかで
自分の音楽に聞き入ってくれる人がいるというのも
一つの幸せであるということを、
私は学び、受け入れるべきなのではないかと思った。

自分が確認できる範囲でのみ
人が喜んでくれるのを期待し、
その喜びを後で伝えて私を喜ばせてくれると期待するのは、
自分の心が狭く、飢えているからなのだ。

この渇きこそは、
私が克服しないといけないものなのだと
最近わきまえつつある。

人の出会いは風のように。
別れもまた風のように。

そんなふうに生きられたら
今までとはまた違った風景が見えてくるかもしれない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お読み下さりありがとうございました。
今日も皆様が良い一日を過ごされますよう祈っております。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●スケジュール
2月27日(土)乙女座満月
3月13日(土)魚座新月
(*対面は7000円、遠隔は5000円)

2月28日(日)ー3月6日(土)個展
*期間中、対面のヒーリングは休業します。

●毎週日曜日開催の真呼吸会に是非ご参加下さい。
(10:00~10:20。無料)

●お問い合わせ
①LINE:atelierkoshiki
microcosmo.healing@gmail.com

●LINE公式(満月新月の波に乗るアドバイスをお伝えします) 
https://lin.ee/BhCsBpc(@463dflke)

●カウンセリング
・対面10000円 
・ビデオチャット8000円(*会員5000円)

●治良
・対面7000円
・遠隔5000円 
・肚揉み10000円

●ヒーリングアクセサリー「プレローマ」36,000円

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