2021/09/05

自分の名前を呼び始めた

まどかが自分の名前を呼ぶようになった。
と言っても「まどか」は子供の発音能力には手に余る。
「ま」と呼んでいる。

この呼び方は彼が自発的に見つけたのである。
興味深いことに子供は自分の判断で
発音の省略をする。

「あか」はいまだに「あ!」である。
推察するに何故かと言うと
「あ」は大人と同様の発生が出来るのだが
「か」についてはまだそれが出来ない。

2歳にならない子供が発する「か」は
英語の発音の「k」に近い。
つまり子音だけの摩擦音なのである。
ここに母音を伴わせることで「ka」になるが
それは難しいことなので
ひそひそ話のような発音になってしまう。
一方「あ」は地声である。

「あ・か」の二文字で
地声⇒ひそひそに速やかに移行するのは難しい。
それで彼は(というか日本人の幼児は)
この困難を迂回して「あ!」に短縮するのであろう。

振り返ってみると
この件については5月16日に書いてある。
それから3か月経ってもまだ
「あか」の壁は高いようである。

しかしこの際、世界の赤は「あ!」でも良いかな、
という気がしないでもない。
なぜならまどかの「あ!」には
あの赤色の覇気と集中的なエネルギーが
確かに込められているからだ。
その点で、言霊の感覚は先天的なものなのかもしれない。

寄り道した。

自分の名前を呼び始めたことについて
書こうとしていたのだった。
以上のような訳で、まどかは目下「ま!」と自称する。
「まどか」「まどくん」「まーちゃん」
どの呼び名も「ま」を使用しているので
この選択は妥当であるが、
自分の名前を呼ぶということそのものには
計り知れない意義が込められている。

あらまし全貌の説明をした上で、
過程を振り返ってみたいと思う。

1)まず子供は初め、呼びかけるということをしない。
要求がある時はその場で泣いたり
大きな声を出したりする。

2)次に呼びかけることを始める。
しかし名前で呼ぶという訳ではない。
「ねえ!」とか「おい!」という感じである。

3)次に人物と名前を対応させるようになる。
しかし自己と同一視している母親には
名前で呼びかけることをしない。

4)次に母をも名前で呼ぶようになる。
しかし自分にも同じ名前を与える。

5)次にようやく、
母とは違う自分だけの「名前」を使い始める。

という進化の過程である。
闇夜に暁の太陽が昇り、
次第に世界が照らし出されて
物の形がくっきりしてくるようではないか。

彼の精神発達を神話風に言えばこうなるだろう。

「はじめに世界には何もなかった。
呼びかけると響くものだけがあった。
名前あれ、とボクは言った。
すると混沌の中から父の姿が生じた。
父の名は「お」と言った。
そこで対応する女神の名は「い」だと分かった。
女神からボクが生まれた。
そこでボクの名前も「い」であった。
しかし時が事を分かち始めた。
ボクは「い」から離れて「ま」となった。
こうして天には「お」が
地には「い」が
そしてその間に「ま」が生まれ
人の世が始まったのである」云々



これに近い筋書きの神話は
かなりの程度、世界中に発見できる。
これが精神発達の黎明なのであろう。

自分の名前を呼ぶということは
かなり革命的な変化である。
一端、常識を取り払って考え直してみると
生存する上で自己認識する必然性など
どこにもないのだ。

動物の多くは(全てとは断言しないが)
自己認識を持っていない。
だから迷いもないのである。
「ボクは、ボクの、ボクに…」
なんて発想もない。

(多分)人間だけが、そういうことを考え、
その考えが一生を貫く主題になってしまうのである。

このように子供の精神発達を見ていても
「自分の名前」が最も遅れてやって来ることから、
自己認識こそは生命世界の故郷から最も隔たった旅路の先で
人間が手に入れた「知恵」だと言い得るだろう。

自分の名前を呼べるようになると、
副産物がある。
「交替」とか「交換」という遊びが
出来るようになるのだ。

例えば私とまどかの間に枕がある。
まどかが枕に頭を乗せる。
(*子供はこんなこともとても楽しい)
次に「お!お!」と言う。
「今度は父ちゃん!」という意味である。
それで私はそのようにする。
すると今度は「ま!ま!」と言う。
「今度はボクがやる!」という意味である。

交替でやることが、人間にはなぜか楽しいらしい。
だからもしかして政権交代とかもするのかもしれない。
政治は多分に子供っぽい領分が残されている営みであるから。


2 件のコメント:

madeleine さんのコメント...

こんにちは。一度「自分」を発見しら再度、自分を世界と一体にすることが芸術なのかなと思いました。かわりばんこが「楽しい」って、おもしろいですね。最後の考察もとても興味深かったです。

カワベマサノリ さんのコメント...

madeleine さん

芸術について、確かにそうかもしれないですね。
人間の喜びの素朴な姿を見せてくれます。

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