皆さん、この一年もよく頑張りましたね。
自分を見つめるという作業は容易ではないものです。
あっちこっちに逃げ道があり、世の中のせい人のせいに出来ることはいくらもあります。
その中で「いや、やはり自分だ」と省みる心は、私たちに良き未来をもたらしてくれます。
そして自分が変わった時、状況も一変します。
それで思う訳です「やはり自分だったんだ」と。
しかし答えは常にこうであるにもかかわらず、新しい状況では毎度のように困惑し、不味い対処をするのもやはり私たちです。
愚かしさを認めなければ、前には進めないのでしょう。
その内、「また同じパターンだ」と気付いてだんだん賢くなっていく。
そのために必要な歳月はどれくらいでしょうか?
しかし焦ることはありません。
それくらい時間をかけるのが本来であるからです。
心というものはそれほど動かしがたいものなのです。
今日気付いたら明日変わるというような甘い理想を手放せば、私たちは辛抱強くなることが出来ます。
辛抱のない人に成長はあり得ません。
私自身は今年、例年と同じような意味合いで良いことも悪いこともあり(普通のことですね)、しかし塞翁が馬の故事のごとく、何が自分にとって良くて何が悪いかということはあらかじめ分からない上に、しばしば印象と結果は反転しているということを時と共に学ぶにつけ、物事を受け入れられる度量も深まったと思っています。
そういった経験を通して神との関係はこの仕事を始めて以来、ようやく到達すべき理想的な地点まで進んだと評価しています。
自分にしか出来ない働きを来年はより深めて研ぎ澄ませていきたいです。
自分に言えること、出来ることは、可能な限り隠さず包まずそのままの形で伝え、「ああ河邊さんに会えてよかった」と皆さんから思って頂ける河邊さんになれるように、努力していきたいと思います。
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
令和三年大晦日
河邊正則
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