2021/10/10

古代エジプト展に行ってきた

古代エジプト展に行ってきた。

まどかがファラオ好きなのは再三述べた通り。
これは行かねばなるまい。

先日、檜原村に向けて走った高速道路をまたも使って富士美術館に行く。
ところで私は3年前に免許を取ってから高速道路はこれでたったの3度目。
高速道路は緊張する…

それはさておき。

良い美術館だった。
私は都心の美術館は人が多くて好きではないのでもう10年以上、足を運んでいなかった。
この富士美術館は、場所、内容、コロナなど色々な要因はあるだろうが、人が少なくて快適だった。

はるかな昔に人々がそこにいた。
そして生きることや死ぬことや、為すべきことや罪や報いについて思い続け考え続け、かくも手間暇の要ることをして、のちの世に遺した…という事実に、個々の物品以上に胸打つものがある。
眺めながら自分の中で太古の呼吸が蘇るのを感じた。

館内静粛。
まどかは空気を読んで静粛。
驚いた。
しかし静かに彼は感動していた。

まずこの看板。

この小さい告知ポスターは狛江でも見ていた。
その時は
「ファラオだね」
「うん、ファラオだ」(にこにこ)
くらいのものだったが、この大きな看板を見るや、
「ついに来た来た、ファラオ来た」
と言わんばかりの感銘に満ちた表情を見せている。

この同じ絵が印刷されているチケットをもらうと更に満面の笑み。
父母2枚のチケットを手にお得意の「に、に」である。

残念ながら、当たり前のことだが、展示室の暗さに子供は不安がるので、充分にじっくり観ることはできなかった。
かなり迫力のある像があり、また極めて精巧な細工物もあったのだが、まどかが泣いては困るので、子連れの身で許される限り鑑賞するに留めた。
しかし彼は本当に空気を読むことが出来るようで、
「い!い!」(おかあちゃん!)
「がっこ!」(だっこ)
「あんよ!」(あるく)
「いやいやいや!」
そのどれも封印していた。
偉い子である。

今時はSNSの宣伝効果を期待してなのか、展示物撮影可なのである。
心に刻み込むのがこうした経験の醍醐味のはずなのであまり撮る気にはならないが、この一点だけ撮らせて頂いた。
この展覧会の目玉である。


ファラオではなく王家の子女だったと記憶している。

このミイラマスクの前に立つと涙が滲んでくるのを感じた。
何とも言えない感覚だった。
喜怒哀楽や、綺麗、素敵、美しい、というような言葉になり易い感情的感覚的反応ではなく、この長大な時を跨いで人がいたこと、人がいることという事実そのものに、哀しさや遣る瀬無さのようなものを覚えた。
人、いや命というものはそもそもが哀しみから生まれてきた、哀しみを湛えた存在なのだということを思い起こさせるのである。
その哀しみを漆黒の夜空として、それを背景にきらめく星々や月のように、願いや喜びや全ての美しさや楽しさなどがある…と私には思われるのである。

しばし佇み、このミイラマスクの前に自分の心を広げて共鳴させていた。

展示室を出ると、明るい物販スペースである。

「まどかはバッジをてにいれた」


ミイラマスクのバッジを喜ぶ2歳児。
バッジがあまりにも気に入ったようで、すぐに覚えた。
帰り道、大きな声で「ばっじ!ばっじ!ば~~っじ!」と繰り返していた。


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