2021/10/25

おじじの断捨離日記②

長野県諏訪郡から帰ってきました。
日帰り旅行。
日曜日の帰りの渋滞がひど過ぎた…

天気は快晴。
長野県の中央本線富士見駅にて記念写真。
この駅が好き。


私事の続き。

水道は実は5年くらい前から漏水していた。
調査に来てもらったが「場所は特定できず」「総点検から修繕するなら100万かと」と言われ、諦めた。
水道料金は、放置してもまだ我慢できる金額だった。

しかし宇宙は上手く出来ている。
私にとって断捨離が最終地点に向かうにつれて、この問題が本領発揮し始めた。

今、色々な事情で妻子は月の1/3から半分くらいをこの家で過ごしている。
だからそれ以外の時間は私一人である。
にもかかわらず、水道料金が
3~4月 5451円
5~6月 7816円
7~8月 12115円
9~10月 20356円
と着実に、しかも加速度的に上がり続け、次回は請求予定額が28000円…
青くなった。水道代だけで破産する。

流石にもう何とかしないといけない。水道局に紹介してもらって、以前とは別の業者に来てもらった。
誠実そうな、良い業者だった。
「これは故障個所を見つけるのは困難なので、配管を新規に交換することですね」
さて気になる費用は40万円。
高い。でも60%減。
かなりの痛手だが、これならどうにか出せる。
それでお願いすることにした。

これが宇宙のからくりというもので、問題の核心に近付くまでは問題は解決できない。
核心に近付くにつれて問題は大きくなってこちらをひるませる。
しかし挑み続けてある峠を越えると、初期の想定より難易度が下がる。
そういうふうになっている。

断捨離をしながら、「物を捨てて家をすっきりさせるのも大事だが、こだわりを捨てて親との関係をすっきりさせるのが、どうやら今回の目的地点だ」と思い至った。
難しい家なので、親そして3人の姉たちとの間で、話がついていないこと、曖昧になっていること、おかしな具合に責任転嫁されたり不満を持たれたりしていることがある。
そういうことをやはり使用済み核燃料のように誰もかれもが放置していた。
親もいよいよ云う所の「老後」の年齢であり、私も子供が出来た。
姉弟間の問題は解決の見込みがないし、将来の憂えは断つか、せめても軽くしておかなければならない。
それで最近では事実上連絡が途絶えてしまっている親の元へ、昨日は長野県諏訪郡を姉と二人で訪ねることにしたのだった。

そういういきさつの中で、同時並行的に水道料金の異常な高まりがあったことは、むしろ自分がどのような道筋を歩いていたのか明らかにしてくれている。
難しい家の難しさを、「家族」と「家屋」が同時に提示していたのである。
これもまた、宇宙の毎度の表現形式。

断捨離中、愛着はあるが「次の小さな住まい(予定)」に持っていくことはあるまいと思えるものは手放すことにした。
1960年代のかなり大きめのスピーカーがあるのだが、これも半分故障していて、結構なお金を払って直してもらったはずがやっぱり壊れている。
この際、捨てよう、と思っていたのだが…
ふと閃いて配線をいじったら、音がちゃんと出るようになった。
誰かが教えてくれたようだ。
断捨離の褒美だと思った。
そしてまたこれは、まだしばらくはこの家にいることになるぞ、という「しるし」だと思われたので、好きなものまで捨てる覚悟の断捨離はこれで終了。

このスピーカー、ちゃんと動くと、実にふくよかな音を聴かせてくれる。
それで懐かしい色々なレコードを聴きながら、断捨離ついでのメルカリ発送の準備など、ちまちましたことをしている。

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