自分も曲を作る身として色々なコード進行は体験してきているのですが、やはり他人様の音を読み解くのは面白いです。
特に心惹かれる曲であるような場合には。
「おっ、そう来るのか・・・」と、自分には思いもつかない転調のセンスに作曲者の心を感じます。
転調にはビジョンと勇気が関わっています。
「もっとそれを言いたい!」というような気持ちがその楽曲の中に潜在していないと踏み込めない線みたいのがあります。
そういうのは作曲する中で自然と心の内から湧いてくるものなので、オツム優先でやっては駄目。
人工的に作られた転調は真心ではない訳です。
高校生の時感じた「うーん、ここがいいねえ」と感じた場所は「そうかそうか、この転調だった訳・・・」と今更気付く39歳でありました。
転調云々は置くとして・・・
素晴らしいのが『ピンクスパイダー』
これはもう名曲中の名曲ですね。
PVもまことに素晴らしい。
本当に20年も前の作品なのか疑わしくなります。
というか今もこんな曲が出回っていたら、世の中素晴らしい活気だろうなあ。
そして流れで『Misery』という曲を20年ぶりくらいに聴きました。
この曲の予備知識としては、hideが直接面識のある難病の女の子のために書いたものと記憶しているのですが、彼がまた同じ思いから骨髄バンクのドナーとなったことは有名な話かと思います。
この曲を聴いておりますと二度、三度、自然と深い所から涙が浮かび上がってきました。
涙の水深がかなり深かったです。
音楽を聴いて泣いたのはいつぶりでしょうか。
上のエピソードを知っていたことはそれなりに補助的な情報として働いたとは思いますが、それがなくても響く程、ただひたすらその心に感じるものがありました。
それは単に優しさに触れたというのとは違うと思います。
ある一人の人の苦しみを、もっと大きな苦しみを提示することで小さくして見せ、その上で励ます、しかもその言葉はまったく上から目線でも綺麗事でもない、どんな人からの受け売りでもない純粋な真心から語られます。
他人の苦しみを肯定し尽くすことは容易です。
他人を叱咤激励することも容易です。
*やってみれば全然容易じゃないんだけど、比較的、容易なのです。
そしてそんな時、人はしばしば「自分はその苦しみを知る立場にない」ことを忘れて正論や理想を振りかざすものです。
一緒に堕ちて行こう、という慰めもあるでしょうが生産的ではないし、単に大丈夫だよ、というだけでは全然責任感がありません。
本当に、言葉に窮する。
「じゃあ何を言ったらいい?」
「自分にはこの人のために言ってやれることが何もないのか・・・」
そういういたたまれない気持ちになったことって、ないですか。
そのような問いに対して、人が辿り得る心の道はほとんど一本しかないと僕は思うのですが、それは見つけ出すことも相手に伝えることも非常に困難なものです。
その一筋の、唯一辿り得る言葉の道をhideはまさにそうあるべきように音と言葉に表しています。
芸術的観点では決して完璧ではない歌詞ですが、僕が涙したのはそんな彼の心に対して、でした。
皆さんも何か感じられるでしょうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
最後にお知らせ。
本日14時から「心のお話会」です。
0 件のコメント:
コメントを投稿